日本における美容学校(まだ美容という言葉は一般的でなく、当時は髪結いが主流)は、1913年(大正2年)佐伯秀一によって設立された『東京女子美髪学校』(東京市牛込区水道町)が最初である(日本理容美容センター1970、松尾一郎1984)。美髪学校という名称が、美容学校という言葉におきかえられるのは、1924年(大正13年)宮内宇平が設立した日本高等美容学校だと考えられる。この日本高等美容学校は、現在も神戸に日本高等美容専門学校という名称で存在する。美容(髪結い)の世界の人材育成は長く徒弟制度において成されてきた。第2次大戦後1947年(昭和22年)労働基準法によって徒弟制度が日本においても禁止されはしたが、徒弟的な修行(現場でなければ訓練できないという意味で)をしなければなかなか技術の修得が難しい仕事でもある。それがこの大正期に、学校が設立されたということは、この時代背景を考えなければならない。その理由の一つとしては、大正ロマンとか大正モダンといった言葉に代表されるように、日本においても都市を中心に大衆文化が花開いたことがあげられる。同時に一般大衆にも西洋文化が普及し始めたともいえる訳である。つまり美容においては、そのスタイリングが日本髪やそれを簡素化した髪形(西洋から影響を受けたという意味で)から洋風髪形への移行、それに伴う技術も、結う(美髪学校)からパーママネントウエーブ技術(美容学校)など海外から導入された技術を伝授する為には学校という制度が必要になった為だと考えられる。しかし最初の美髪学校の設立は、「教えない」ことが本音の徒弟制度にあって矛盾する行為であったのは、髪結いの地位向上に対する熱い思いが存在すると言える(高橋春子 2005)。つまりステイタスを得ることが、そうさせたというようにも考えられる。髪結いから美容師という名に変わりはしたが、長く美容にかかわる女性の仕事は賤業とみなされてきた(一般に女性が仕事をもつことにおいても偏見があったように)。これを如何に打破するかが美容業界では長く課題であった。

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